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BOOK

第三次世界大戦はもう始まっている

エマニュエル・トッド 著

☆☆☆

2022年2月7日北京。

氷の上に一人の少女が現れると、会場はその日一番の盛り上がりを見せ、皆が固唾を飲んで演技が始まるのを見守った。長い手足は黒いシースルーのレースで覆われ、胸元を飾る赤いビスチェには輝くビーズがびっしりと埋め込まれている。そのビスチェを割くように這い上がり、背中で赤い舌を出す1匹の緑色の蛇・・・

フィギュアスケート団体戦でのカミラ・ワリエワ選手の姿だった。その時はまだ「ドーピング」の疑惑は持ち上がっていなかった。オリンピックが始まる前からその完璧な演技が話題となり、今大会の目玉選手であった。初めて彼女がその赤と黒の印象的な衣装を纏って氷上に現れた時、私はなぜかその衣装が気に入らなかった。長い手足が強調され、驚くほど彼女に似合っていたにも関わらず、だ。

それは全て蛇のせいだったかもしれないし、15歳の少女が着るには少し大人っぽ過ぎたからかもしれない。

蛇は、「創世記」の中でエバに禁断の果実を食べるよう勧める邪悪な存在・・・もちろんこれは後から思いついたに過ぎないのだけれども。

禁断の果実を飲んだのかどうか(ドーピング)は分からない。ただオリンピック委員会の発表だけが情報の全てだった。しかしその後の日本のマスコミの騒ぎ方はもはや魔女裁判のようであり、SNSでは彼女を批判するコメントが溢れかえった。TVではドーピング問題を語る専門家が「規則は規則」を連呼した。

そして迎えた女子シングルの決勝。最終滑走に現れたワリエワ選手は再びあの赤と黒の衣装に身を包み、今度は罪人として公開処刑の場に立たされていた。

アメリカの選手は抗議のため、次々とこれ見よがしに会場を後にし、全てのカメラがワリエワ選手の一挙手一投足を見逃すまいと構えている。

ボレロの坦々としたイントロが流れ、彼女は踊り出す。

最初のジャンプに失敗すると、次々と氷の上に倒れこむようにしてジャンプを失敗した。そして立ち上がってはまた、まるで石を投げつけられたマグダラのマリアのように、倒れこむ。

ボレロのメロディがクレシェンドで盛り上がるにつれ、彼女はますます悲劇的な失敗を繰り返していく・・・ 正直、見ていて辛かったが、これほどドラマチックなボレロを見たことがなかった。これまでのあらゆるフィギュアスケートの演技の中で、今回のワリエワの演技はある意味伝説級だと思った。

それから半年経ったが、もはや誰もワリエワ選手のドーピング問題に触れないし、結果も良く分からない。記事を調べても出てこないのだ。 ではあの騒ぎは一体なんだったのか?

☆☆☆

2月。

世界中が固唾を飲んで見守る事案がもう一つあった。

ロシアのウクライナ侵攻である。

オリンピック開催中、何度も米国のバイデン大統領が「ロシアがウクライナに侵攻する可能性がある」とマスコミに発表していたのを記憶している。

やれやれ、また戦争をやりたがっているのか、というのが率直な感想だった。このような挑発にプーチンが乗ることはないだろう。もし軍事侵攻などしたらロシアはそれこそ悪者となって袋叩きに合うだろうし、なによりメリットが少なすぎる。したがって軍事行動は起こさないだろうというのが大方の見立てであった。

が、2月24日、ロシアは首都近郊で砲撃を開始。ついに軍事侵攻が始まってしまった。

この軍事作戦は不可解な点が多かった。

第一に砲撃の何日も前からロシア軍は国境線に集められ、さも今から攻撃しますよ、と言わんばかりであった。通常、電撃的に攻撃するから有利なのであって、何日も前からのんびり準備し、相手側にそれを知らせる軍事作戦など考えられない。

第二に、国境を越えてから首都近郊に到達するまで恐ろしく時間をかけたことだった。その間、チェルノブイリを占拠し、監視下に置くなど、重要な拠点を管理下に置いていった。

これに対しマスコミはウクライナ軍の愛国心とその強さを讃え、市民の勇敢さをSNSの動画でばら撒いた。そしてチェルノブイリを占拠したロシア軍に対し、「狂った野犬どもが爆破するに違いない」とわめきたてた。

それから半年が経った。

原発はいまだに一つも爆発していない。市民はどんどんウクライナから難民として出て行っている。ウクライナ軍は市民の脱出ルートを遮断し、市民を盾にして戦い続けている。

国際社会はロシア制裁を声高に宣言したが、どれも成功していない。ヨーロッパはロシアの石油と天然ガスがないとこの冬を乗り越えられないだろう。ロシアのルーブルは侵攻前よりも対ドルレートで高騰し、株価も上昇。物価も高騰している。

しかし今現在もウクライナ市民とウクライナ兵、そしてロシア兵は死に続けている。

アメリカとイギリスはウクライナに10兆円を超える支援を行っているという。武器弾薬をどんどん送り込み、「頑張って戦え」と背中を突き飛ばし続けている。

2月頃の世間の見立ては、軍事侵攻は早々に終わるだろう、というものだった。

ところが終わるどころか泥沼化しているというのが今の印象だ。

ロシアは撤退しないだろう。

もし、ウクライナが話し合いに応じて、この争いを終結したとしても、ウクライナは国として自立することは難しいのではないだろうか。

☆☆☆

「第三次世界大戦はもう始まっている」の中で、著者、エマニュエル・トッドは言う。

―いま問われるべきは、アメリカ経済の真の実力です。アメリカはウクライナに400億ドル(約5兆円)もの資金援助する一方で、ベビー用粉ミルクが不足し、急遽スイスやオランダから輸入する必要がある、と『ニューヨークタイムズ』紙が報じています。「貨幣を配ること」と「実際の商品を配ること」は同じではないのです。~中略~アメリカ産業の脆弱さと中国製品への依存は、もう一つの可能性を示唆しています。中国には、戦争が長期化するなかで、ロシアを利用してアメリカの武器備蓄を枯渇させることで、アメリカの弱体化を図るという選択肢が残されています。巨大な生産能力を持つ中国からすると、ロシアに軍需品を供給するだけで、アメリカを疲弊させることができるのです。―

我々は常に西側諸国に目を向けがちなのだが、仮に、中国がそのような意図をもって、ロシアのウクライナ侵攻を見ていたらどうだろうか?長引けば長引くほど、中国にとっては有利に働く、と。

また、昨今のドル高が、かつての日本と同じようにアメリカの製造業や輸出に悪影響を及ぼすとは考えられないだろうか?それに比べて人民元は安すぎないだろうか?

そこへきて9月19日のバイデンによる「台湾防衛発言」だ。https://jp.reuters.com/article/taiwan-biden-us-idJPKBN2QL0A1 ロイターの記事。21日には米政府によって撤回されたようにも見えるが、台湾有事がほんのり形を見せ始めたと言ってもおかしくない。

振り返ってみれば、ロシアの妖精が北京で袋叩きにあった出来事も、なにかこれから起きる出来事の象徴だったようにも思えてくる。ロシアの妖精が立っていたのは中国が作ったステージだったのだから。

ウクライナでは影に隠れて戦闘に参加していない米国も、台湾有事となればそうは言っていられない。そしてもちろん同盟国日本も最前線に立たされることになるだろう。

資源も無く、人口減少で製造業もままならない日本と製造業は中国に任せて、金融とIT産業で空洞化したアメリカがタッグを組む…

決して良いシナリオが待っているとは思えない。

文責:矢向由樹子

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