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「ふぅ」

大きくため息をつき、並べられた無数のお酒に目をやるも、何を頼んでいいのやら。選ぶのも面倒なので「もう一杯おかわりで」とばかりに空いたグラスを指差す。
店のBGMが「Eruption」に変わった。心拍数が上がり、目の前が霞んでお酒のボトル群がキラキラと輝きを増した。
その日のおかわりのペースは早かった。「Eruption」の奏者で究極のギター・ヒーロー“エディ”エドワード・ヴァン・ヘイレン(Edward "Edy" Van Halen)が65歳という若さで他界したのだから・・・。

EVHをご存知だろうか。ちょっと大きめの楽器ショップに足を運ぶと、エレクトリック・ギターのコーナーの一角にはこの「EVH」というロゴマークが入ったギターやアンプ、エフェクターが鎮座している。そうエドワード・ヴァン・ヘイレン(Edward Van Halen)がフェンダーの協力を得て設立したブランドである。

よく「ブライアン・メイ・モデル」や「エリック・クラプトン・モデル」といったアーティスト・モデルと呼ばれるそのアーティストが愛用しているギターの仕様を踏襲した市販モデルが存在するが、ギター、エフェクター、アンプまでが総合的なブランドとなっているギタリストは後にも先にもこのエディ・ヴァン・ヘイレンぐらいだろう。

なにせ日本のテレビのニュースでも訃報が報じられるくらいのギター・ヒーローである。彼の常識にとらわれない巧みな奏法や素晴らしい楽曲と同様、彼の使用機材や音質、トーンにもかなりの注目度があり、ブランド設立に値する大きな商業的価値があるのだ。

ロック系のエレクトリックギターと言えばフェンダーのストラトキャスター、そしてギブソンのレスポール。これが2大巨頭だろう。
レスポールを十分ドライヴさせたアンプに接続して弾くと太いサウンドがアウトプットされる。同様のアンプでストラトを弾くとシャキシャキとした歯切れの良いサウンドとなる。
全くのノーマルの両者ではエディのようなあの「ブラウン・サウンド」と呼ばれる、それなりに太くウォームで高音部も明瞭なドライヴしまくったサウンドはなかなか再現できない。

エディは最初こそクリーム時代のエリック・クラプトンに憧れ、新聞配達で得た金でレスポールを入手するが、ほどなくストラトの操作性を気に入ったようだ。

当時小さなギター・ショップだったシャーベルにてストラトタイプのボディとネックを200ドルで入手し、自分で色を塗ったり指板を平らに削ったり、フレットを打ち込んだり・・・と自作を始める。

彼はその自作ストラトのシングルコイル・ピックアップ取り付け部をノミで削り広げて、なんとギブソンのハムバッカー・ピックアップをマウント。
この瞬間こそがまさにコロンブスの卵でありコペルニクス的転回であり青天の霹靂・・・。ロックの世界を大きく変える出来事だと言っても過言ではないだろう。

フェンダーとギブソンが融合したのだ。今となっては珍しくないストラトにハムバッカーというこの組み合わせだが、世に広まったきっかけはエディである。
実際にはエディよりも早い段階でファンカデリックのギタリスト、マイケル・ハンプトンがストラト+ハムバッカーを行っていたようだが、ブームのきっかけはその高い演奏能力やタレント性も備えたエディであることに間違いないだろう。

エディはこのホワイト地にブラックのラインをペイントしたわずか200ドル+αの自作ストラト、通称フランケンシュタインで数々の名演をレコ―ディングするのだが、さらに時代も彼に味方する。ギタリストでエンジニアのフロイド・ローズが、ギター界の最も革新的な技術のひとつとなる、その名もフロイド・ローズ・トレモロユニットを開発したのだ。

シンクロナイズド・トレモロユニット

当時のストラトのシンクロナイズド・トレモロ愛用者達の大きな悩み、それはアーミング後の「チューニングの狂い」だ。そもそもストラトのシンクロナイズド・トレモロはジミ・ヘンドリックスやエディのような大胆で激しく、大幅に音程を変化させることを想定しておらず、60年代当時に流行っていたサーフ・ミュージック等における軽めのビブラートを行う為のものとされていた。

フロイド・ローズ・トレモロユニット

弦をナットとブリッジサドル部分の両端で完全固定するその仕様上、激しくプレイしても物理的にほとんどチューニングは狂わない。またアーミング時には弦がたわむほどの大胆な音程変化も可能、更に副産物的にサステインや倍音も増加する。フロイド・ローズのプロトタイプ・シリアル番号1番を入手したエディのサウンドやプレイはさらなる輝きを放ったのだった。

その後お馴染みの赤地のカラーに塗り直されたフランケンシュタイン

エディは「機材にカネをかけなきゃ良い音が出ないなんて、ナンセンスだ」と言っていた。DIYの200ドルちょっとのギターで世界を変えた男の言葉である。
そんな彼がEVHとフェンダーのマスタービルダーとのコラボレーションで仕様はおろかキズや汚れまでもを本人にも見分けがつかない程、完全再現したMasterbuilt Replica Frankensteinを驚異の280万円で販売したのは何かのジョークなのかもしれない。

280万円、新品でこの汚さである。限定300本。

譜割りにとらわれない柔軟で自由なフレージング、驚異のタッピング奏法等、拘りが詰まった彼のギター。アンプやエフェクターのことにまで言及するときりがないので今回は彼の面白いエピソードをひとつ紹介して終わろう。

ある日、とあるギタリストがギターメーカーのスタジオを訪れた。スタッフは彼に「ついさっきまでそのスタジオでエディが弾いていたんだぜ。バリバリのエディ・サウンドを鳴らしていたよ!」と伝えた。そのギタリストはすぐにエディが弾いたギターやアンプがそのまま残されたスタジオに駆け込み色々弾いてみた。

しかしそのサウンドはエディのそれとはまったく違うものだった。

「全然エディの音が出ないじゃないか!」

ワン・フレーズ聴いただけで、それが誰のギターなのか分かってしまう。そんな経験があるだろう。ギター・サウンドの決め手はプレイヤー自身。ピッキングの力加減やピックを当てる角度、指の押さえ方、そしてプレイヤーの感情移入等で大きく音が変わる。それらはギターやエフェクター、アンプ以上に大きなファクターなのだ。

そしてエディは、それをまさに体現したようなギタリストだった。彼のサウンドは愛機フランケンシュタインだろうが、安物のギターだろうが、壊れかけたアンプだろうが、群衆の中だろうが、たった一人スタジオでかき鳴らそうが、変わることがなかった。ワン・フレーズ聴いただけで、エディの心からギターを愛する永遠の少年のような、聴いているこちらがワクワクするような音! そんなエディが永遠に旅立ってしまった・・・

奥深きエレクトリック・ギターの世界。
今日も世界中で次のギター・ヒーローを目指す者達がベットルームでギターをかき鳴らしている。次のヒーローは?色々考えながらもう一杯おかわりを頼もう。

文責:HT

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