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「小室圭さんと眞子さんの結婚記者会見と日本の憂鬱」

自分の不摂生のためとはいえ、腰が痛くなるというのは非常に辛く、動くこともままならないし、いちいち痛いので口調も荒くなる。そんな時に16歳という人の言う事を聞かない、聞きたくない年ごろの人間と話すことは苦痛以外の何物でもない。

「いつまでYouTubeばっかり見てるん?やりたいことや好きなことを見つけるのにYouTube見てたって見つからないって言ってるやん」

「分かってるって」

散らかった部屋に寝そべり、鬱陶しそうに答える高校生。だが一向にiPadを手放すそぶりはない。

「こないだも言ったけど、もうちょっとしたら選挙権得るねんで。三木谷さんや孫さん(国籍の問題は無視してください)の1票と、君は同じ権利を得るんやで。物事しっかり考えて、自分の意見を持たんと」

そう言いながら私は段々自分の言葉に酔いしれてきた。折しも解散総選挙の話が出てきた時だった。ここは一発、何も考えてない愚息に大人とは、選挙とは、その大切さを説明してやろうではないか、と上から目線、説教垂れモードに入っていった。

「どう考えてんの?(なんも考えてへんやろ)

自分の考えをしっかり持たんと、これからは今までの生き方が通用しないんよ。」

畳み掛けるように、貧乏人がなぜ選挙に行かないか、ということを説明しようとした時、高校生は小さな声で言った。

「日本人やのに、自分の意見なんて言えるわけないやん」

「な、」

私は何か言おうとしたが、二の句が継げなかった。

それはつまり、君はこの社会に絶望している、と言っているわけですよね?

「日本人やのに、自分の意見なんて言えるわけないやん」という意見を真っ向から否定することができる日本人というのはどれくらいいるのだろうか。

私は取り乱した。

ていうか、親として、子どもが絶望しているなんて、思いもしなかった。

普通の高校1年生の男の子である。ヤンキーじゃないし、真面目に学校も行ってるし、勉強はまぁそこそこだけど、友だちも良い感じの子ばかりだし、家でも良く話す。ゲームが好きで、YouTube見て、お笑い番組好きで・・・傍から見てると不安になるくらいなんにも考えて無さそう。

でもそんな子が漏らした「日本人やのに、自分の考えなんか言えるわけないやん」という言葉に心底びびってしまった。そして、本当に日本はダメなのかもしれない、と思った。

☆☆☆

日本では、幼児教育が盛んで、やれモンテッソーリだ、シュタイナーだ、と自由闊達な教育方針がもてはやされている。確かに素晴らしいし、将棋の藤井七段などもそのような幼児教育を受けてきたらしい。

しかし、一般的に、普通の小学校に入れば、もうそんなものは通用しなくて、自己主張よりも協調を強要される。要するに、先生や学校が扱いやすい子にするための矯正が行われるのである。

お家が裕福で、インターナショナル・スクールや、和光学園のような自由な雰囲気の学校に行ったとしても、海外の大学や企業に就職しない限り、日本の企業という超没個性、協調を強要される社会システムで生きていくことになる。システムに入らず、音楽業界という自由そうな所で活躍していても、小山田圭吾さん(和光学園出身)のように血祭りに挙げられることもあるのだ。

自分も受けてきた日本の教育。はっきり言って嫌いだった。小・中・高と学校で良い思い出が無い。校則とかも意味不明だったし(スカートの長さまで決められる)、運動会とか遠泳大会(海めっちゃ泳ぐだけ)とか、登山とか、よく死人が出なかったな、と今となっては思う。部活の先生も平気で生徒を殴っていたし、校則違反の生徒は問答無用で出席簿で頭を殴られていた。それらのことは後の私の人格形成に悪影響しか及ぼしていないと思うし、全く必要なかったと思っている。あと、受験の制度もホントに煩わしい事だと思う。やりたいことがある人にとってはホントに邪魔な制度だ。

当時も今も学校がなんのためにあるのか分からない。勉強するだけならまだしも、人格破壊や人間性を否定されることに意味があるのだろうか?

それを象徴するような事件が神戸では起きていた。神戸高塚高校校門圧死事件である。事件の概要はウィキペディアなどを見ていただくとして、学校が子どもを殺す、という衝撃的な事件である。それも教師が「5、4、3・・・」と数えながら、遅刻しそうで駆け込む生徒がいるにもかかわらず、鉄の扉を勢いをつけて閉め、女子生徒が頭を挟まれて亡くなるという凄惨な事件であった。

学校のために生徒がいるのであって、生徒は規則を守らなければならないのであって、それに従わないならば死んでも致し方ない、それが学校である。子どもはただの数字、まるで100円ライターみたいな扱いである。

今もその風潮はあまり変わっていないような気がする。いじめ問題で教育委員会の対応などを見ているとそう感じてしまう。

そういう環境下で、じわじわ子どもたちの心は死んで行くのだろう。

加えて、超高齢化社会が待っていて、経済発展なんか今後何十年もしそうにないこの日本で、軍隊式教育を受けながら、「自分の考えを発信する」なんて無理だ。

子どもたちは、肌でそのことを感じ、絶望しているのだ。

選挙権どころの話ではない。

そして、本日、秋篠宮家の眞子様、今は皇室を離脱されたので眞子さんと呼ばせていただくが、と小室圭さんの結婚記者会見を見た。

眞子さんは「いま、心を守りながら生きることに困難を感じ、傷ついている方がたくさんいらっしゃると思います。周囲の人の温かい助け合う支えによって、より多くの人が心を大切に守りながら生きていける社会となることを心から願っております」と言われた。

「心を守りながら生きることに困難を感じる」端的かつ明快に日本の抱える問題を指摘している。もちろん、自身が誹謗中傷を受けて、このような発言に至ったのだと思うが、それだけでは日本を捨ててアメリカで暮らすという選択には至らなかったのではないか、と思う。

きっとこの若い二人も絶望していたのではないだろうか。あまりにも「こころ」を無視したこの社会で生きていくことは難しいと思われたのだろう。

賢明な判断だと思う。

そしてこの若い二人は実に頭も良く、これからの日本を変える人たちだったのだと実感した。そしてそういう人たちから日本を離れていくのだという事も実感した。

この会見が今後どのように血祭りにあげられていくのかは、おぞましくて見たくも無いが、ぶら下がっているコメントをちらりと見る限り、暗澹たる思いになった。

「気に入らないなら日本から出ていけ」

TwitterやFacebookで度々見かけるコメント。自民党や維新の皆さんもよく発言されてますよね。

でも、今回はちょっと虚しくないですか?

これまで崇め奉ってきた皇室の方が「それでは」と言って出て行かれるのですから・・・

お二人の会見をぼんやりとテレビで見ていた16歳は、何を考えているのだろうか。その横顔からは何も読み取れなかったけれど、このお二人のようにいつか日本を出ていく日が君にも来るかもしれないね。

文責:矢向由樹子

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